オホーツクの舟歌

新しれとこ旅情~「地の涯に生きるもの」東宝映画主題歌

オーシコイ オーシコイ
ヤレコレホイサ ノ オーシコイ

1.オホーツクの海原
  ただ白く凍て果て
  命あるものは
  暗い雪ノ下
  春を待つ心 
  ペチカに燃やそ
  哀れ東(ひんがし)に
  オーロラかなし

2.最涯(さいはて)の番屋に 
  命の火チロチロ
  トドの鳴く夜は 
  いとし娘の瞼に
  誰に語らん 
  このさみしさ
  ランプの灯(ほ)影に 
  海鳴りばかり

オーシコイ オーシコイ
ヤレコレホイサ ノ オーシコイ

3.スズランの緑が 
  雪解けに光れば
  アイヌの唄声 
  谷間にこだます
  シレトクの春は 
  潮路に開けて
  舟人のかいな 
  海に輝く

4.オレーオレー オーシコイ
  沖の声 舟歌
  秋あじだいエリャンサ
  揚げる網ゃ大漁
  霞むクナシリ 
  我が故郷
  何日の日、詣でむ 
  御親(みおや)の墓に
  ねむれ静かに

写真提供 bunbunさん
(ハマナス)

カンボジア在住のYoshikoさんからの知床旅情のリクエストを頂きましたが、マイドのうるさいご注文がついており、やれ、森繁調にしろとか、どうせなら、原曲のオホーツクの舟歌でやれ、とか・・・・・。
見かねた若隠居さんからの助け舟もあり、その原曲の方で準備をしてます。

戸川幸夫の小説 『オホ-ツク老人』 が発表されたとき、一読した森繁久彌は「これは自分のために書かれた小説だ」と思い1960年に映画 『地の涯 に生きるもの』を撮りました。この曲は、その主題歌です。
森繁の独特の歌い方の一つがサ行の発音
 シ⇒スィ
 ジ⇒ズィ
特にゆったりと歌っているときにこの発音ですね。

その後、知床旅情として有名になったのは皆さんご存知の通り。1971年に加藤登紀子がこれを歌い、紅白にも出場してます。
でも、森繁が最初に「知床旅情」をリリースしたのはいつなんでしょうね。少なくとも、エーちゃんが北海道旅行をした1969年には、歌われてましたよね。

倍賞千恵子も歌ってます。
最初に語りが入ってます。
本体の方は、森繁版とほぼ同じですが、2か所だけ違います。

何地(いずち)から 吹きすさぶ 朔北の吹雪よ
わたしの胸を刺すように
オホーツクは 今日も 海鳴りの中に
明け 暮れてゆく

父祖の地のクナシリに
長い冬の夜があける日を
白いカモメが告げるまで
最涯ての茜の中で わたしは 立ちつくす
何故か 眼がしらの涙が凍るまで  (以上台詞)


オホーツクの海原
ただ白く凍て果て
命あるものは暗い雪ノ下
春を待つ心 ペチカに燃やそ
哀れ東(ひんがし)にオーロラかなし

最涯の番屋に 命の火チロチロ
トドの鳴く夜は いとし娘が瞼に
誰に語らん このさみしさ
ランプの灯影に 海鳴りばかり

スズランの緑が 雪解けに光れば
アイヌの唄声 谷間にこだます
シレトクの春は 潮路に開けて
舟人のかいな 海に輝く

オレーオレー オーシコイ
沖の声 舟歌
秋あじだいエリャンサ
揚げる網ゃ大漁
霞むクナシリ 我が故郷
何日の日か詣でむ 御親(みおや)の墓に
ねむれ静かに

さて、参考までに、森繁版の知床旅情も掲載しておきます。
英語のタイトルはザ・ベンチャーズのものです。

知床旅情 VIAGE SENTIMENTAL A SHIRETOKO/TRAVEL WEARY IN SHIRETOKO

【作詞】森繁久弥
【作曲】森繁久弥

1.知床の岬に はまなすの咲く頃
  思い出しておくれ 俺達のことを
  飲んで騒いで 丘に登れば
  遥か国後に 白夜は明ける

2.旅のなさけか 酔うほどに さまよい
  浜に出てみれば 月は照る波の上
  君を今宵こそ 抱きしめんと
  岩影に寄れば ピリカが笑う

3.別れの日は来た 知床の村にも
  君は出て行く 峠を越えて
  忘れちゃいやだよ 気まぐれカラスさん
  私を泣かすな 白いカモメを
  白いカモメを

知床旅情JASRAC情報
オホーツクの舟歌JASRAC情報

製作日誌:
平成15年1月17日 歌詞のみ知床旅情として準備開始
平成15年1月25日 若隠居さんからオホーツクの舟歌を頂いて、こっちに方針変更
平成15年2月2日 いや~、森繁節は難しいです。前奏の「オーシコイ...」の音程がなかなか取れませんでした。とりあえず作ってみましたが、いかがでしょうか?
平成15年3月9日 bunbunさんからお借りしたハマナスの写真を添えました
平成22年1月22日 倍賞版の歌詞が森繁版と微妙に違うため、セリフ部分だけでなく全部掲載しました。