ブーゲンビリア 花咲くハノイよ
【作詞】 櫛田 ふき
【作曲】木下 そんき
1.ブーゲンビリア 花咲くハノイよ
ホァンキュム湖 水清く
バーディン広場 今よみがえる
ホーおじさんの かたみの宝
*ベトナムの山あるかぎり
河あるかぎり
人民は進みに進む
勝利見つめて
2.爆音今日も とどろくハノイよ
サイレン鳴り止まぬ街よ
美しいクァンニャン村 藁ぶきの屋根
愛のねぐらの 影もなく潰え
*繰り返し
3.あかつきちかき 夜のくらさに
白き布 髪にふるえ
母と子らの なげきいかりの
火ともえる ブーゲンビリア
*繰り返し
4.働くことの そのよろこびを
祖国を愛することを
命よりも 尊いものを
ホーおじさんは 教えてくれた
*繰り返し
作詞者の櫛田さんは、1972年、北ベトナムに招かれてアメリカの北爆の続く地下壕のなかを体験しながらこの詩を作られました。曲の木下そんきさんは、組曲「返せ沖縄」で序曲~第一章・第六章を担当してますね。
ブーゲンビリアbougainvilleaは、オシロイバナ科のつる性常緑木本植物。熱帯地方で広く栽培されている。紫色,赤色,橙色,黄色,白色などの花(実際は花を包んでいる葉)が樹上一面に咲き乱れるさまは壮観です。ベトナム語では、ホアザイ。
ホーおじさんというと、当時の朝日新聞でみた写真ですが、ホーおじさんが自分のお母さんに多分新年の挨拶(もちろん旧正月でしょうね)をしているんですが、その家の壁に吉永小百合のポスターが貼ってあるんです。どこかの会社のカレンダーなんでしょうね。
日本の会社の海外向けカレンダーで女性のポートレイトの場合、二種類あって、着物姿の女性と水着姿の女性。東南アジア向けは日本の文化の押し付けとして、着物姿は敬遠されてましたね。着物姿は欧米向でした。こんな二重サービスもできたのも今は昔の高度成長時代のはなし。
旧ソ連では、日本のカレンダーは引っ張りだこでした。インテリアの少ない家で、カレンダーが唯一の飾りつけなんですね。ある種の女性の家で、壁一面に、M商事とか、M物産、S商事のカレンダーがびっしり埋まっていた、なんて光景を目撃した友人もおりました。(友人ですよ、友人。エーちゃん自身じゃありません。念のため)
製作日誌:
平成15年2月22日 | 三套馬車さんのリクエストで製作の準備をはじめました。 |
平成15年3月20日 | Oideさんのご指摘で、バーディン~の部分のメロディがおかしいとのご指摘。楽譜をチェックしたところ、打ち込みミスでした。有難うございました。 |