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郵便馬車の馭者だった頃

ロシア民謡
訳詞井上頼豊


1.郵便馬車の馭者だった 俺は若くて力持ち
  そこは小さな村だった 俺はあの娘にほれていた

2.娘に不幸が見舞うなぞ 俺は夢にも知らなんだ
  馭者の稼業は西東(ニシヒガシ) 心はいつもあの娘

3.安らいのない日々だった 想いは深く胸病む
  ある日かしらが手紙を渡し「早く頼むぞ駅どめだ」

4.馬はいななき鞭がなる はやての様に野を走る
  だけど胸はつぶれそう あの娘とこんなに遠くなる

5.風が悲しくほえていた ふいに馬めがあばれだし
  おびえたようにわきを見た 俺には訳が解らない

6.どうきがはげしく高まって 俺は見つめた雪の中
  暴れる馬から飛び降りた 誰かが道に倒れてる

7.吹雪は渦巻きあれていた 俺は雪をばかき分けた
  血の気がうせて立ちすくみ 寒さがシューバにしみた

8.皆の衆あの娘が死んでいた 茶色の瞳を閉じて
  酒をくれ早く酒を もうその先は話せない


ロシア民謡の歌集を見ていると、「ロシア民謡」と書かれている曲と「カチューシャ」のように作詞・作曲者が明記されてい曲があります。後者は、戦後のロシアン歌謡曲的な比較的新しい歌曲です。これに対して、ロシア民謡と呼ばれているのは、19世紀中ごろから20世紀にかけた、「生活のうた」を歌い上げたものが中心になってます。
この時代の輸送手段は、馬車と船(自動車や飛行機、列車なんてあるわけないですな)。船曳人夫や馭者たちの歌は、まさに「生活のうた」そのものだったわけです。馭者に限ってみても、この曲のほかにも、「果てしなき荒野原」では、荒野に息絶えてゆく馭者の過酷なまでの労働条件を垣間見ることができます。「郵便馬車の馭者だった頃」では、馭者家業に追われて家族や恋人のことを省みる間もなかった若者が恋人を吹雪で失ってしまうと言う、なんとも悲愴な歌です。現代のワークホリックが家庭崩壊につながるとか何とか言っても、まだまだこの当時のことを思えば他愛のないもんですな。

ところで、他のページでパソコンのFEPについてベタホメしてますが、エーちゃんが今使っているMS-IME2002ですが、人夫や馭者が一発で出てこないんですね。いや一発でなくて、何度やっても出てきません。困ったもんだ。

【シューバ】について:毛皮の裏つき外套のことです。素材として使われる毛皮は、一般的にはテン,キツネ,リス。農民の場合は羊、又はウサギが使われてます。親衛隊(ドルジーナdruzhina)はクロテン,ヒョウという立派なもの。14世紀には文献上で登場していると言われてますが、その前、日本でいえば鎌倉時代以前のロシア人は何を着ていたんでしょうね。でも今なら動物愛護の人からケチャップの投げつけられるのでしょうね。

【茶色の目】について:「黒い瞳の」と言う曲があるように、ロシア人の瞳は黒かと思ってましたが、茶色の人もいるのですね。この女性は日本人だったんじゃあないかな。
目の色は,皮膚と同じでメラニン色素よって決まるんです。調べてみると、黒人やメラネシア人の色素は黒く,インド人,蒙古人種,マレー人はやや淡い褐色から黄色,ヨーロッパ人は緑色から黄褐色などなど多彩です。黒人や蒙古人種では色調の個人差はきわめて少ないが,ヨーロッパ人では身体の色素の減少とともに目の色も変化とのことです。(平凡社世界百科事典)

JASRAC情報

製作日誌:
平成14年10月15日 ジルさんからFULLヴァージョンでのリクエストを頂戴しました。とりあえず、オルゴール版のコピーでお茶を濁してます。
平成14年11月8日 おまっとさん、MIDIデータβ版を作成しました。MuteTrumpetでもの悲しい雰囲気を出してるつもりです。いかがですか?曲のツナギにもっと間隔を入れたほうがいいですね。直します。
平成14年11月9日 ハイ直しました。でも、この間隔を調整するのって結構難しかったです。結局四分の二拍子を付加してごまかしてんだけど。4番と6番は物語が急展開しているところなので、付加はしてません。(忘れてるんじゃないよ、と言う事を言いたいだけ)
平成14年11月10日 「ある日、頭が手紙をわたし」の字余り的な部分のメロディーを変更。
最後の絶叫「酒をくれ!」を更にゆったりと歌い上げてます。
「シューバ」についての解説を付記
平成21年9月21日 6番で「倒れている」になってました。
MAEDAさんからご指摘をいただきました。ありがとうございます。